私の大好きな絵本である「つみきのいえ」。
昔YouTubeで映像を観たことはあったのだけれど、Amazonプライムで見つけたので、久々に夜ひとりで視聴していた。
いつも新しい発見につながる作品。
以前観た時とはまた違う、込み上げてくる感情で泣いていた。
あるお爺さんがひとりで住む家は、辺りが海のように水に沈んでいて、水嵩が増す毎に、家を上に増築していくので、まるでつみきのようになっている。
それでもそこに住み続ける理由とは…といったお話。
温暖化や家族愛を描いている。
当然水の中は、深く進むほどに過去になっていく。
浸水は過去や止められない時間の流れを表しているのだろう。
と同時に、沈んだ家は放置されて朽ちていく…
これは死を表しているのか、と気づいた。
過去と死は表裏一体なのではないか。
時間は進みながら過去を死に追いやっている。
死は過去と同じカテゴリーなのではないか。
戻れない過去、戻せない命、でもそれが在るからこそ現在の自分が確立されている。
それが在るからこそ、次に進むための足場ができるのだ。
そんなことを書きかけて下書き保存していた。
2022年の12月8日。
後から知った事だが、この日は奇しくも、私の師匠が亡くなった日であった。
この絵本が大好きな理由がもうひとつあって、
主人公のおじいさんが、師匠にちょっと似ているのである。
見た目も人柄も。
だからふわっと脳裏に師匠が浮かんでいたのは確かなのだ。
虫の知らせとは言うが、そのタイミングでこの作品を見つけ、死について考えていたことが、
師匠からのメッセージのような気がしてならない。